ドカタからの脱却

Fラン大学中退、日当七千円ドカタから逃避した人間の生態です

4年近く経った

みなさん、ごきげんよう

がんばれまさしげです。

先日は家がなくなった経緯を説明させていただきましたが沢山の心配のお声を頂戴し、本当に感謝してます。はやく生活立て直すぞー!

 

今日は最近ひしひしと感じる事について書かせてください、

MP!Dの歴史を掻い摘みながら書くとMP!Dが結成したのは高校二年生の夏でした。

その頃はSiMとかBFMVとか高校生だいすきオムニバスみたいなコピバンだったんですよね、、

まぁ色々あってスクリーモみたいな方向性になったり、最終的にニンテンドーコアに到達したんですが、

 

今まで全く考えてなかったけど、4年っていう月日は長いようであっという間に過ぎていった気がします

そして環境というか、地元のバンドやってた奴も全然いなくなって

 

時間が早く過ぎて行く時って何かにずっと必死に打ち込んだ時か、全部どうでもよくなった時かのどっちかだと思うんですけど

僕はどちらかというと後者の方でした

自分の中では割と一生懸命やってたつもりだったんですが周りの皆居なくなって、メンバーも皆抜けてって、

このまま続けてて良いのかな〜〜ってずっとフワフワした時間が続いてました

それでも黙って従うと付いてきてくれたベースのとしや、良いから早くメンバー集めてバンドやろうぜって言ってくれたPaleduskのカイトとかに引っ張られながら半分惰性でバンド続けてました、多分俺もあいつらもお互いの事あんまり好きじゃないんだろうけど

 

でも今は素直にやっててよかったって思えるしバンドをまだやろうって、続ける意志を保ててます

キバオブアキバで一緒に『全部宇宙が悪い』を歌わせてもらえたことや

ヤングマンズで『cry』と『story of hope』を歌わせてもらえた日の事は未だに鮮明に覚えてます、

ゆっぺさんに『前向いてやれよ!』って言ってもらえた日の事も多分死ぬまで忘れないと思う

 

正直にいうとなんか自分の身を取り巻く環境と自分の感覚にギャップがあり過ぎてまだバンドやってて戸惑ってるし、何で皆アホみたいにサイリウム振って飛んでるんだ?アホなのか?という気持ちだけど、

これからは俺が大好きで憧れてきた人達に貰ったものを少しでもMP!Dの事を好きで居てくれる人達のために返していけたらと思ってます。

偉そうなこと言えないけど、俺も俺にとってのゆっぺさんやキバオブアキバみたいな人になれたらいいな

 

4年やっててよかったなって話でした

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